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1. この本を読むべき理由
「顧客の言うとおりに商品を作ったのに、売れなかった──」
そんな経験、経営者やマーケターなら一度はあるのではないでしょうか。あるいは「社員がちゃんとやってくれるはず」と思って任せたのに、期待と違う結果になってしまった……ということもあるかもしれません。
本書『キーエンス流 性弱説経営』は、そんな失敗を「人間はそもそも弱い存在である」という前提で経営を設計すべきという立場から解き明かす一冊です。
著者の高杉康成氏は、超高収益企業として名高いキーエンスで商品開発に携わった後、コンサルタントとして多くの企業を支援してきた実践者。本書では、キーエンスで実践されている「性弱説」の思想と、それを前提にした組織設計・商品開発・マネジメントの仕組みを、豊富な事例とともに紹介しています。
人を「できる」と信じて失敗するより、「できないかもしれない」と考えて仕組みを整える。そんな「現実的で強い会社」をつくるためのバイブルとも言える内容です。
2. 書籍の概要:著者・出版背景・構成と対象読者

- 著者:高杉 康成
元キーエンスの新商品企画担当。現在は企業向けコンサルタントとして活躍。 - 出版社:日経BP
- 出版年:2023年
- 本書の構成
全5章+終章にわたって、キーエンスが実践する「性弱説に立脚した経営哲学」を紐解く構成です。主な章立ては以下の通りです。
- 高収益を生み出すカラクリ
- キーエンスの強さを支える「性弱説」
- 性弱説視点で人を動かす
- 性弱説視点でモノ・カネ・情報の質を高める
- ニーズを構造化して仕様を「見切る」
- 対象読者:
- 起業準備中の方
- 経営やマネジメントに悩む中小企業経営者
- 社内で新規事業や組織運営を任されたリーダー・マネジャー
3. 要点まとめ
「性善説経営」ではなく「性弱説経営」を前提にする
多くの企業は「社員はちゃんとやってくれる」「顧客の言うことは正しい」という性善説に立って組織設計や商品開発をしてしまいます。
しかし、キーエンスはそうではありません。
人は善でも悪でもなく「弱い」と考える。
この前提に立ち、「できない前提」で仕組みをつくるのがキーエンス流。これが無駄や失敗の減少、精度の高いマネジメントに直結しているのです。
ニーズは「意見」か「事実」かを見極める
本書の冒頭では、実際に失敗した商品の例が紹介されます。顧客の「小さいタブレットPCが欲しい」「多少高くてもいい」という要望に応えたにも関わらず、売れなかった。
ここで重要なのは、要望の背後にある「根拠」が曖昧だったという点。キーエンスでは顧客の言葉をそのまま鵜呑みにせず、「事実に基づく根拠か?」を問い続けます。
つまり、ニーズはヒントにすぎず、すべてを反映すべきではないという視点です。
上司と部下、顧客と企業の「当たり前の違い」を埋める
本書では「外報」というキーエンス独自の事前報連相制度が紹介されます。これは商談や施策実施前に、上司と担当者で内容をすり合わせる文化。
「言わなくても伝わっているはず」と思うのは性善説視点。「ちゃんと伝えなければ、伝わらないかもしれない」と考え、仕組みに落とし込むのが性弱説視点です。
上司が思っていたことと、部下が実行したことが違う。そんなすれ違いの原因は「事前共有の欠如」にあると本書は喝破します。
「高く売る」には、潜在ニーズの発見が鍵
顧客の顕在ニーズに応えるだけでなく、「本当の困りごとは何か?」を掘り下げ、価値を最大化する。これがキーエンスが高く売って高収益を上げる理由です。
例えば、「もっと小さいマウスが欲しい」という要望の裏に、「リモートワークで狭い机しか使えない」という本質的な課題がある。ここにアプローチするのが「性弱説に基づいた商品開発」です。
性弱説に基づく「仕組みが仕組みを動かす構造」
本書の中盤以降で繰り返されるのが、「仕組みを動かすための仕組み」という考え方。
社員個々の能力に依存せず、「誰でもできるようにするための仕組み設計」がキーエンス流経営の真髄です。PDCA、KPI設定、報連相、情報共有の仕組みにもすべて性弱説が貫かれています。
4. 印象に残った言葉・フレーズ(引用とその背景解説)
「それは顧客の“意見”ですか?それとも“事実”ですか?」
この言葉は、本書全体を貫く核心とも言える問いです。著者がキーエンス在籍中に先輩から繰り返し言われていた言葉とのことで、企業活動のすべてにこの視点が活きています。
顧客が語る言葉のなかには、無意識のバイアスや印象が混じっています。それを「真実」だと信じて商品開発やマーケティングに活用してしまうと、見当違いの施策になることも。本当に見るべきは「行動」「環境」「変化」といった“事実”である──この考え方が、全ビジネスパーソンに突き刺さります。
5. 中小企業診断士としての考察・経営者視点での価値
中小企業診断士の立場から見ると、本書は「組織設計」と「マネジメント」の指南書としても一級品です。
中小企業の現場では、「社員に任せてもうまくいかない」「意図が伝わらない」といった悩みが絶えません。こうした課題の多くは、個人の能力不足ではなく「仕組み不足」に起因しています。
本書はその点を鋭く突き、「人は弱い存在だからこそ、仕組みで補うべきだ」と教えてくれます。これはまさに中小企業にこそ必要な発想です。
特に、PDCAサイクルを動かす「前提」や、報連相の「事前コミュニケーション」の重要性は、現場指導において非常に実践的な武器になります。
6. この本が挑戦者に与える影響・実践で活きる場面
この本は、「人を信じたいけど、うまくいかない」と悩むリーダーに、大きな気づきを与えてくれます。
- 「新商品が売れない理由が分からない」
- 「社員が指示通りに動かない」
- 「頑張っているのに結果が出ない」
これらの悩みを、「性善説」で捉えるのではなく、「性弱説」によって解釈し直すことで、原因が仕組みにあることが見えてきます。
たとえば、新入社員が商談で伝えるべきことを話せなかったのは、事前にその重要性を共有していなかったからかもしれない。上司と部下、経営者と現場、それぞれの「前提」の違いを埋める視点をくれる本です。
7. 誰におすすめか?どう使えば効果的か?
おすすめ読者層:
- 社員教育や組織づくりに悩む経営者
- 部下指導に課題を感じている管理職
- 新規事業に取り組むマネジャーや企画担当者
- 「顧客起点」のマーケティングがうまくいっていない担当者
活用法:
- 社内研修やマネジメント層への読書課題として活用
- 商品企画・開発のPDCAフローの見直しに
- 「報連相」の制度設計のヒントとして
- 営業チームの「提案力強化」研修教材として
8. 関連書籍との違いと併読提案
似たテーマを扱う書籍に、次のようなものがあります。
書籍名 | 主な内容 | 本書との違い |
---|---|---|
『PDCAノート』 | 思考整理と振り返り | 個人の内省が中心。性弱説視点はない |
『ドラッカーのマネジメント』 | 組織論とマネジメント原則 | 原理原則中心。本書は現場設計が強み |
『ザ・ゴール』 | 業務改善の論理展開 | TOC理論中心。人の弱さに焦点はない |
『トヨタの問題解決』 | 問題発見から改善まで | 製造業視点。本書は顧客接点と仕組みが主軸 |
併読するなら、『PDCAノート』と『ザ・ゴール』がおすすめです。性弱説視点で組織設計を見直した上で、業務フローと個人の思考習慣を整えるとより効果的です。
9. 読者の悩み別「この本の使い方ガイド」
課題 | この本の読み方・活用法 |
---|---|
社員が言われたことしかしない | 「報連相」「外報」の章を重点的に読む |
顧客ニーズの取り扱いが難しい | 冒頭のタブレットPC事例を深掘り |
組織の連携がうまくいかない | 上司と部下の「当たり前の違い」を再定義 |
営業成績が安定しない | 潜在ニーズの見つけ方の章を活用 |
教育しても再現性がない | 「仕組みが仕組みを動かす構造」に注目 |
10. 読後すぐに実践できる「5つの行動リスト」
- 「顧客の声」をすべて真に受けない習慣を持つ
→「意見か事実か?」を常に問い直す。 - 商談や施策の前に「外報」を取り入れる
→事後ではなく、事前に確認する文化をつくる。 - 社員の行動を「期待する」のではなく「仕組みで誘導する」
→やるべきことを明確にし、迷わせない。 - PDCAサイクルに「前提チェック」を加える
→「うまくいかないのは前提がズレていたのでは?」と仮説検証する。 - 会議・MTGで「性弱説」の観点を導入する
→「うまくできないのは当然」と考え、改善策を組織で考える。
11. まとめ:この本が挑戦に与える希望と再現性
『キーエンス流 性弱説経営』は、人に期待しすぎて裏切られた経験を持つすべての挑戦者にとって、心の支えとなる本です。
人は弱い。だからこそ、仕組みが必要。
この前提を受け入れることで、組織運営は飛躍的に安定し、成果の再現性も高まります。これは決して「人を信用しない」という冷たい考え方ではありません。「弱さを前提に、共に強くなる仕組みをつくる」──そのための具体的な知恵と哲学が、ここには詰まっています。
経営者として、組織を導く立場の人として、本書のエッセンスをぜひ現場に活かしてほしい。僕自身、読みながら「自分の組織でももっとできることがある」と感じました。まさに、読後に行動したくなる、実践型の経営書です。
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